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2008年10月16日 (木)

人間が最初に出会う世界の入り口

昨日、フィンランドの話を書きましたが、東西を問わず、人間の基本的な信頼感というのは幼児期に形成されるものです。幼児虐待を受けた子どもが、信頼関係が上手に結べず困難な人格障害に陥る話はよく知られるところです。
昔は、地域社会の中で、自然と信頼関係が結ばれていった時代もありま したが、現代では、むしろ放任は逆効果しか産みません。子どもが初めて出会う社会生活の場として、信頼関係づくりの場として幼稚園教育はきわめて大切な意 味を持っています。もちろん、園で子どもにただ好きなことをさせているだけでは教育ではありません。何を幼児期に育むのか、園における信頼関係づくりのた めの環境や活動が大切になります。
パドマ幼稚園では
毎日 毎朝、全クラスで行われる日課活動。フラッシュカードや百玉そろばんなど、さまざまな教材、教具も用いますが、その最大の目的は、教師と子どもたちの信頼 関係づくりにあります。年長であれば35名の子どもたちと一人の教師が向き合い、心地よい緊張感と律動をともにしながら、響きあう関係をつくりあげてい く。口で信頼の大切さを説くこと以上に、呼応や協調や協同の喜びを幼児の体に刻んでいくことが、基本的な信頼感の土台となっていきます。他者といっしょに 生きることに共鳴や共感の体験なくして、これからの社会に参加することはできません。
音楽や体育、作文……さまざまな課題活動も同じです。同じ課題をみなで共有して、ともに励み、ともに学び、そしてともに喜びあうところに、幼児教育の醍醐味があります。「できる・できない」を競う小学校以降の教育と、まったく違う位相がここにあります。
日 本の子どもは、とりわけ「自己信頼感」「自尊感情」が低いと言われています。学校でも家庭でもきびしい評価のまなざしにさらされて、充分な自己を達成させ ていくことができないからでしょう。自分が愛せなくては、他者も愛することができません。フィンランドとの大きな彼我の違いが、そこに現れているのかもし れません。
幼稚園は、人間が最初に出会う世界の入り口です。また先生や友だちの存在は、子どもが最初に出会う仲間です。そこで、どのような信頼や愛が育まれていくのか、私たち幼稚園教育の責任は、無限に大きいと思います。

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